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拙ブックレビューをご覧いただきありがとうございます。
ここに収録しているのは2001年~2004年に読んだ本のレビューです。
それ以降のものはメインブログ「La Dolce vita」にアップしていますので
ぜひのぞいてみてくださいね。
よろしくおねがいします。
# by gloriaxx | 2005-01-10 17:35

その名にちなんで The namesake ジュンパ・ラヒリ 新潮社★★★★★

インド系アメリカ人、ゴーゴリ・ガングリーの名前の由来は
彼の父親が若き日に愛読し、事故死を免れたときに手にしていた
ニコライ・ゴーゴリにちなんでつけられた。
彼はアメリカ風でなければインド風でもない変わった名前を嫌い、重荷に感じて改名する。
それは両親が執着する「インド的世界」そのものへの違和感でもあった。

日常のさりげない描写をわかりやすく丹念に積み重ね、静かに心に染み入る物語。
しかし、よく考えればかなり特殊な世界に住む人々の話である。
それは主人公がインド系アメリカ人だからではなく、
主人公を含め、彼の親や妹、アメリカ人の恋人とその両親、
後に主人公の妻となるインド系女性とその友人たちなど、
登場人物のほとんどがイェール、ハーバード、プリンストン、
マサチューセッツ工科大といったアメリカの名門大学や大学院を卒業し、
大学教授、建築家、弁護士といったエリート職業に就く人々だから。

著者本人も同じような境遇に生まれ育ったのだろうけど、
アメリカの平均的な庶民層(ブルーカラーやホワイトカラーでもエリートではなく、
ハンバーガーやTVディナーを食べてフットボールを観るのが楽しみ)が
この本を読んでもピンとこないだろうなと思った。(まず読まないだろうけど)
むしろゴーゴリの両親の生活信条やアメリカ感などは日本人の方が共感するだろう。

わたしにとっても登場人物たちの境遇はまるで別世界なのだが、
違和感を覚えさせず自然に感情移入させる筆致は見事だ。
ゴーゴリのアメリカ人の恋人・マクシーンとその両親のライフスタイルには憧れる。
マンハッタンで生まれ育ち、金持ちでインテリでリベラルな両親の間の一人娘である
マクシーンみたいな身分に生まれたかった!!!

~マクシーンは(中略)いまの自分とは違うものになりたいとか、
 違う環境で育ってみたいとか思ったことはないらしい。
 彼の見るところ、それこそが二人の大きな差なのである~

~彼女は書籍や絵画や共通の知人についてまるで友人同士のように両親と議論を交わし、
 彼が親に対して感じてしまう憤懣はまったく存在していない。義務という観念もない。
 この家では親が娘の行動を縛らないのに、娘は素直に幸福に親元で暮らしている~

最近、日本でも「ともだち親子」が多いけれどマクシーンの場合はスケールが違う。
ゴーゴリが彼女と両親の暮らしぶりに恋してしまう気持ちがよくわかる。

妻となったモウシュミのスノッブな親友たちに対してゴーゴリが抱く違和感や、
心がすれ違いつつある2人が久しぶりに外食した夜、
レストランが期待はずれだったというささいなことに神経を逆撫でされて
それを夫婦関係に投影してしまうモウシュミの心理描写は絶妙。
('04 11 25)
# by gloriaxx | 2004-11-29 01:07 | 評価 ★5

ブルータワー 石田衣良 徳間書店 ★★★

9.11、WTCが崩壊していく映像を見て受けた衝撃にインスパイアされたという作品。
超高層マンションに住み、脳腫瘍で余命わずかな主人公が
頭痛で意識を失い、精神だけ二百年後の世界に飛ぶ。
未来世界の地上は黄魔ウィルスに汚染され、
生き残った人々は高さ2000mの塔に暮らしている。
物理的な高度と社会的階層が比例する世界では極端な貧富の差が生まれていた。

個人的な好みの問題だと思うけど、ファンタジーが苦手なので途中で退屈になった。
とはいえ、こんな異色ジャンルでも作者の力量はさすがだと思う。
特に視覚的イメージの明確さは魅力のひとつだろう。
200年後の世界で主人公を守るボディガード、側近、下層民の少女の3人は
戦闘モノアニメ風のキャラクター像が完璧な形でビジュアライズできる。
(主人公の高慢で冷たい妻のイメージはなぜか韓国女優チェ・ジウ)
ゲームやアニメが好きな人ならかなり楽しめるのでは。

文化大革命の時代、一冊の書物もない環境で強制労働させられた知識人のエピソードは
米原万里「オリガ・モリソヴナの反語法」同様、本を愛する者にとって感動的。
('04 11 21)
# by gloriaxx | 2004-11-21 14:10 | ★3

11分間 OnzeMinutos /パウロ・コエーリョ 角川書店★★★★

-セックスなんて11分間の問題だ。
脱いだり着たり意味のない会話を除いた「正味」は11分間。
世界はたった11分間しかかからない、そんな何かを中心に回っている-

ブラジルの田舎町に育った美しい娘・マリーアはダンサーになるためスイスへ。
やがて現実に失望し、プロの娼婦になった彼女が到達したのが冒頭の3行。
日記をつけ、故郷に帰った日のために牧場経営に関する本を読み、
淡々と仕事に徹するマリーアは恋に落ちないことを自らに課していたが、
ある日、運命的な出会いをしてしまう。

2つの文体で構成された不思議な味わいの小説。
「プリティ・ウーマン」文学バージョンという感じだが
どの時代、どの国が舞台であっても違和感のない普遍的な物語である。
地の文はシンプルで、人生の真実を短いフレーズで的確に表現し、
一方、マリーアが書く日記の文体は文学的で美しく暗示的。
客観的に自己と現実を見つめて何をすべきか、すべきでないかを決断する
マリーアの知性と潔さは爽快だ。
あらかじめ揶揄しておいてパターン化を外すハッピーエンディングのセンスも◎!

-恋愛感情が相手の存在よりもむしろ不在と連動していることに気がついた-

こんな風にはっとさせる一文があちこちに、しかもさりげなく散りばめられている。
心に余裕のあるときにじっくり味わいながら読むのがおすすめ。
('04 11 11)
# by gloriaxx | 2004-11-12 15:11 | ★4

最悪 奥田英朗 講談社文庫 ★★★★★

パチンコとカツアゲで生活費を稼ぐ天涯孤独の和也、
不況に苦しむ小さな鉄工所社長の川谷、
都市銀行のOLで支店長のセクハラや妹の家出に悩むみどり、
それぞれに「最悪」としか言いようのない極限まで追い詰められたまったく無縁の3人。
その人生が交差した時、運命はとんでもない方向に転がり始めた。

まさにジェットコースターノベル。
銀行、町工場、ヤクザ、ケチな犯罪者、登場人物たちが属する世界はまったく違うのに、
それぞれの描写のリアリティには舌をまく。
しかもその背景をふまえた人物の心理描写も説得力あり。
ディテールを丹念に積み重ねて各人が「最悪」な窮地に追い込まれていく展開は
読んでいるだけでやるせないためいきが出るほど。
著者の前身はプランナー、コピーライター、構成作家とか。納得の取材力だ。

一転、3人が出会ってからは出来のいいクライム・アクションムービーを観ているように
気持ちのいい加速度をつけてクライマックスまで突き進んでいく。
楽しい話ではないけれど、読後感に爽快さと救いがあるのも◎
('04 11 8)
# by gloriaxx | 2004-11-09 17:33 | 評価 ★5